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タイトル

​2018/11/22 死んだはずの君が触れる

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 今年度初めにやってきた新人のウィリアムズは優秀ではあったが、学生気分が抜けていないというか、イマイチ冴えない奴だった。
 上司に対してもやたら砕けた態度をとってくるし、いつも出社は始業ギリギリ、目を離すとすぐ怠け始める。なので私の同僚は煙たがっていたり、嫌っている人が多かった。
 でも、彼の仕事のこなしはピカイチで、話してみるとなかなか面白いヤツだった。
 仕事ばかりで趣味らしい趣味もないつまらない自分に対し、彼は毎日楽しそうで輝いていた。後に思い返せば、もしかしたら私は彼に憧れて見えていたのかもしれない。
 映画の話、漫画の話、ゲームの話からアウトドア、可愛い同僚の話まで、よく話したり、一緒にお昼を食べたりしているうちに親友とか相棒、そんな感じの間柄になった。
 そんなある日。
 いつも通りの業務をこなしていたら、地震のような大きな揺れに見舞われた。
 日本の建物ならば棚のものが落ちる程度で済んだかもしれない。でも残念ながらここは地震が滅多にない土地柄、耐震設備がなされていない建物はあっという間に崩壊して私は気を失ってしまった。
 目が覚めたらいつもの街中にいた。しかし、地震があったはずの街には損傷が一つもなく、人気が全くない。ようやく人を見つけ、事情を聞こうと近づいたら、その見た目はどう見てもウォーキングデッドといった感じだったので急いで逃げてしまった。
 途方に暮れていると街中の建物はどれも見覚えのあるものだが配置は全く違うことが分かった。まるで探索ゲームの迷いの森に入ってしまったような気分である。しばらくの間その辺の空き家に身を隠しながら街を歩き回っていると、いつも通っていた教会が見えてきた。
 藁にすがる気持ちで中に入って元の生活に戻りたいと祈りを捧げる。
 その時、ふと、帰り際の道のりで小学生が楽しげに話していた噂話を思い出した。
 「あの教会と病院には誰も知らない地下室があって、そこではヤバい研究がされているらしいぜ。」
 もしかして。もしかして、この地下に何か秘密が眠っているかもしれない。あわよくば現実に戻れるかもしれない。病院の奴らがコソコソ何かしていたのも知っている。確かトイレが何とか言っていたか。
 とりあえず男性便所にきて何かないか探すが、素人目のノーヒントの探索には限界があった。こうなったら力技だと金属の棒状の装飾を礼拝堂から持ってきて床のタイルを割る。
 何時間作業したかわからないがタイルが割れた。期待は正直大して無かったが、なんと無造作に掘られたトンネルと階段が出てきて拍子抜けした声が出てしまった。
 恐る恐る進んでみるとドアがあった。ここまで来たからにはとそっと開ける。そこに広がっていたのは……

「!?トラップ……!?」

 ドアが開いたら発動するのであろう、私の知らない兵器か何かが、私の身体をまるで粘土のように溶かしてバラバラにして再びくっ付ける。
 やられ際に見た扉の向こうは何もない空間だった。完璧にしてやられた。よく考えたら絶対に知られてはいけない場所の話を誰が聞いてるかも分からない公共の場で話すわけなどないのに、よっぽどこの状況を脱したかったのか事を急いでしまった。
 全身の筋繊維が裁ち切られる痛み、全身が傷口となり外気にさらされる痛み、全身の骨が粉々にされる痛み、ありとあらゆる痛みが一気に押し寄せてくるので気を失ってしまった。

 しばらく気を失っていたら、なんだか痛みに慣れてきたような気がした。
 とりあえずここにいてはいけない、そんな気がしたので移動する。
 脚がお腹のあたりに来てしまっていて歩きづらい、やはり動くたびに激痛が走り痛い、建物の外に出るとそよ風でも染みて痛い。でも勘がここじゃないどこかにいけと訴える。
 しばらく歩いていると、見知った顔が建物から出てきたのが見えた。
 ウィリアムズだった。
 アイツもここにいたのだ。
 もう自分はこんな姿なのでここから脱出することは無理だろうが、アイツは、アイツなら可能性がある。自分も何か助けなければ。
 追いかけることはこの身では叶わないので、きっと戻ってくるだろうと彼の部屋に向かう。確か402号室と聞いていたのでそこだろう。
 かなり時間がかかったが目的の部屋に辿り着いたが、あまりに無理に移動しすぎたせいか、脚は粉々になってしまった。
 痛みも増した。もう一歩も動けない。その場でうずくまるしか出来なくなった。
 役に立つどころか文字通り部屋のお荷物になってしまった。
 もう私には彼が無事に現実に戻れるように祈るしか出来ない。

 あぁ、つまらない仕事人間だった私に人生の楽しみを教えてくれた彼に救いあれ。
 

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